発明の詳細な説明【技術分野】 【0001】 本発明は、睡眠の質を評価する方法に関する。 続きを表示(約 5,100 文字)【背景技術】 【0002】 睡眠は1日のほぼ3分の1の時間を費やし、身体機能の疲労や脳機能の疲労を回復させる恒常性維持としての機能を持つ(Garbarino S et al., Commun Biol. 2021;4:1304)。例えば、身体機能の面では自律神経系(Tavares L et al., Methodist Debakey Cardiovasc J. 2021;17:49-52)、心臓血管系(Covassin N et al., Sleep Med Clin. 2016;11:81-9)、免疫系(Irwin MR, Sleep Med Rev. 2012;16:231-41)、代謝系(Magee L, Sleep Med Rev. 2012;16:231-41)など、全身のほぼすべてのシステムの調節に睡眠が関与し、脳機能の面では、認知能力(Van Dongen HP et al., Sleep. 2003;26:117-26)、記憶の定着(Tononi G et al., Neuron. 2014;81:12-34)、気分の調節(Lieberman HR et al., Biol Psychiatry. 2005;57:422-9)などにおいて睡眠が重要な役割を果たしている。その睡眠も「一様に休んでいる状態」という訳ではなく、眠っている間にも、脳活動は様々に変化している。睡眠は脳波の状態からレム(Rapid eye movement:REM)睡眠とノンレム(Non-rapid eye movement)睡眠に大別される。さらにノンレム睡眠は浅いノンレム睡眠(段階1と段階2:N1、N2)と深いノンレム睡眠(段階3:N3)と段階に分かれている(Ackermann S et al., Curr Neurol Neurosci Rep. 2014;14:430 / Hori T et al., Psychiatry Clin Neurosci. 2001;55:305-10)。ノンレム睡眠の間は脳の活動や自律神経系が休止し、心拍数や呼吸数、血圧の低下が見られる(Pagani M et al., Circ Res. 1986;59:178-93)。一方、レム睡眠は眠りとしては浅く、脳波も覚醒時と非常に似ている状態となっている。そのため、このレム睡眠が記憶の定着や知的発達に重要であると考えられている(Nofzinger EA et al., Brain Res. 1997;770:192-201 / Maquet P et al., Nature. 1996;383:163-6)。なお、自律神経活動の観点では、このレム睡眠期では覚醒時と同程度、ひいてはそれ以上に神経活動が上昇する(Knudsen K et al., Lancet Neurol. 2018;17:618-28)。 【0003】 このように身体機能・脳機能の回復に重要である睡眠だが、近年では、睡眠不足が世界的に問題視されており、特に、経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本人の睡眠時間は33ヵ国中最下位であり、日本では世界有数の睡眠不足国であることが明らかとなった(OECD database:https://www.oecd.org/health/health-data.htm)。さらに、2019年に厚生労働省により実施された「国民健康・栄養調査」によると、政府は6~8時間の睡眠を推奨しているものの、男性は37.5%、女性では40.6%が睡眠時間6時間未満となっている(Japan: National Institute of Health and Nutrition NIHN; 2020)。睡眠不足は心血管疾患、糖尿病、メタボリックシンドローム、うつ病など様々な健康リスクの増加との関連が報告されている(Tobaldini E et al., Nat Rev Cardiol. 2019;16:213-24 / Reutrakul S et al., Metabolism. 2018;84:56-66 / Agrawal S et al., CNS Neurol Disord Drug Targets. 2022)。また睡眠時間のみならず、レム睡眠とノンレム睡眠の時間も重要となる。例えば、全体の睡眠時間に対するレム睡眠の睡眠時間の割合が15%未満であると、心血管疾患などによる死亡リスクが上昇することが報告されている(Leary EB et al., JAMA Neurol. 2020;77:1241-51)。また、ノンレム睡眠N3の割合は日中の眠気、運動パフォーマンス、課題解決パフォーマンスとも相関しており、日中活動全体に重要であることが報告されている(Dijk DJ, J Clin Sleep Med. 2009;5:S6-15 / McCarter SJ et al., Sleep Med Rev. 2022;64:101657)。さらに、ノンレム睡眠N3の比率が少なくなると不安・抑うつ傾向が強くなることも報告されている(Motomura Y., PLoS One. 2013;8:e56578)。 【0004】 睡眠は概日リズムや光環境・摂食など内的および外的環境の影響を強く受けるが、そのうちの一つに腸内細菌叢が挙げられる(非特許文献1)。哺乳類の腸内には約40兆個、約100種以上の腸内細菌が生息しており、その集団を腸内細菌叢と呼ぶ。腸内細菌叢と宿主の間には共生関係が成り立ち、腸内細菌叢は宿主が消化・吸収しきれなかった難消化性の栄養素を利用して増殖・成長し、宿主は腸内細菌叢が難消化性の栄養素を発酵・分解する際に産生される代謝物を利用して生理機能の利用に役立てている(Marchesi JR et al., Gut. 2016;65:330-9 / Koh A et al., Cell. 2016;165:1332-45 / Blaak EE et al., Benef Microbes. 2020;11:411-55)。ここで、脳の状態と腸管の機能および腸内細菌叢には相互作用があることが報告されており、この相互関係を脳腸相関(Brain-gut-interaction)または脳腸軸(Brain-gut-axis)と呼ぶ(Mayer EA et al., Annu Rev Med. 2022;73:439-53)。脳から腸管の機能に影響を及ぼす例として、ストレス関連疾患として知られている過敏性腸症候群(Irritable bowel syndrome:IBS)が挙げられる。IBSは、腸管に異常がないにも関わらず、腹痛や腹部の不快感が続き、便秘や下痢などを繰り返す疾患である。脳が不安やストレスを感じると、その信号を腸管が過敏に受け取り、腸管の蠕動運動に異常をきたし、腹痛・下痢・便秘を引き起こす。さらにその刺激が脳に伝わり、苦痛や不安感を増し、蠕動運動にさらなる異常を引き起こすという悪循環が起こっていることが報告されている(Coss-Adame E et al., Curr Gastroenterol Rep. 2014;16:379)。一方で、腸から脳機能に影響を及ぼす例として、無菌マウスを用いた基礎研究の報告が挙げられる。腸内細菌を持たない無菌マウスにおいて、通常マウスよりもストレスに対する反応が大きくなり、脳由来神経栄養因子(BDNF)の発現レベルも低下していることが報告されている。さらに、この無菌マウスに対して、通常マウスの腸内細菌叢を移植すると、ストレス反応は通常マウスと同程度まで抑えられることが示されている(Sudo N et al., J Physiol. 2004;558:263-75)。他にも腸内細菌叢と脳機能の関係性として、記憶形成、認知機能、精神衛生、概日リズムとも関連しており、これらの脳と腸の相互作用は迷走神経や循環系を通じて結びついていることが報告されている(Sherwin E et al., Science. 2019;366 / Chu C et al., Nature. 2019;574:543-8 / Lu J et al., PLoS One. 2018;13:e0201829 / Mohle L et al., Cell Rep. 2016;15:1945-56)。 【0005】 腸内細菌と様々な脳機能が相互作用していることを踏まえると、腸内細菌叢が睡眠に対しても影響する可能性が十分に考えられる。事実、抗生物質により腸内細菌叢を除去したマウスでは、通常マウスよりも非活動期におけるノンレム睡眠の時間が減少し、活動期においてノンレム睡眠およびレム睡眠の時間が増加することが確認された。すなわち、睡眠と覚醒のメリハリがなくなっていることが報告されている(非特許文献1、非特許文献2)。また、ラットにおいても離乳期からプレバイオティクスを投与し続けると、成獣期に腸内細菌叢の多様性が増加し、電気ショックによる睡眠妨害を受けても、ノンレム睡眠時間の減少を抑制できることが報告されている(非特許文献3)。ヒトにおいても、うつ病や不安、不眠症の潜伏症状がある成人に対して、プロバイオティクスを摂食させると、腸内細菌叢の構成変化とともにピッツバーグ睡眠質問票における睡眠のスコアが改善したことが報告されている(非特許文献4)。また、慢性的なストレスを受けていると想定される医学部学生に対して、プロバイオティクスのタブレットを摂食させると、Bifidobacterium属の減少とStreptococcus属・Lachnospira属の増加が見られ、それとともにピッツバーグ睡眠質問票の睡眠スコア改善、深睡眠潜時(入眠してから最初のN3段階に達するまでの時間)が短くなったことも報告されている(非特許文献5)。調査報告においても、アンケートによる睡眠時間と種々の腸内細菌の存在比との間に相関が見られることや(非特許文献6)、アクチウォッチを用いた睡眠効率測定と腸内細菌叢の多様性ならびに腸内細菌の存在比との間に相関が見られることが報告されている(非特許文献7)。 【0006】 以上のように、腸内細菌叢と睡眠の関係性を見た報告は多く挙げられているが、睡眠を脳波の観点から腸内細菌叢との関係性を議論した報告は少なく、さらに、因果関係を明らかにした報告はない。 【先行技術文献】 【非特許文献】 【0007】 Ogawa Y et al., Sci Rep. 2020;10:19554 Irie J et al., 腸内細菌学雑誌. 2017;31:143-150 Thompson RS et al., Front Behav Neurosci. 2016;10:240 Lee HJ et al., Nutrients. 2021;13 Nishida K et al., Nutrients. 2019;11 Shimizu Y et al.,Gut Microbes. 2023;15:2190306 Smith RP et al., PLoS One. 2019;14:e0222394 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0008】 本発明は、腸内細菌叢検体の細菌の構成を分析することにより、睡眠の質を評価することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0009】 本発明者らは、腸内細菌叢と睡眠時の脳波測定のデータベースから、各種統計解析手法を用いて腸内細菌と脳波の関係性を明らかにすることを試み、相当の創意検討を重ねた結果、アリスティペス属(Alistipes属)の割合と深いノンレム睡眠の時間、及び、セリモナス属(Sellimonas属)の割合と浅いノンレム睡眠の時間に因果が見られることを見出した。本発明者らは、これらの発見に基づき、本発明を完成させた。 【0010】 本発明には、例えば、以下の[1]から[10]に示される発明が含まれる。 (【0011】以降は省略されています) この特許をJ-PlatPatで参照する