発明の詳細な説明【技術分野】 【0001】 本発明は、エリナシンAの産生方法に関する。詳細には、ヤマブシタケ菌糸体を培養する液体培養工程を含むエリナシンAの産生方法に関する。 続きを表示(約 5,600 文字)【背景技術】 【0002】 内閣府の報告によると、日本の総人口は2022年10月1日現在で1億2,495万人となっている。65歳以上の人口は3,624万人となり、総人口に占める割合(高齢化率)は29%と過去最高になった。今後も高齢化率は上昇を続け、2037年には33.3%となり、国民の3人に1人が65歳以上になると見込まれている(非特許文献1)。一方、65歳以上の高齢者のうち、認知症高齢者は増加していくと推計されており、2025年には約700万人、およそ5人に1人が認知症高齢者になると推計されている(非特許文献2)。認知症問題は、高齢化が進む日本において早急な対策を要する社会的課題であるといえる。 【0003】 認知症のうち最も割合が高いとされるアルツハイマー型認知症の患者の脳では、神経成長因子(nerve growth factor; NGF)が作用する前脳基底核コリン作動性神経細胞が著しく脱落することから、NGFやその受容体の欠損とアルツハイマー型認知症との関連性が指摘されている(非特許文献3、4)。タンパク質であるNGFは血液脳関門(blood-brain barrier)を通過できないため、NGFを作用させるためには、脳内に直接NGFを注入するか、或いは、NGFそのものを投与するのではなく血液脳関門を通過できる物質を投与し、その物質の作用によりNGF合成を高める必要がある。 【0004】 NGFの産生を誘導する効果がある成分の一つとしてエリナシン類が注目されている。エリナシン類は、例えばヤマブシタケ菌糸体が産生する二次代謝産物の中に含まれており(非特許文献5~8)、in vitroにおいて現在知られている活性物質の中で最も強力なものに位置づけられている。エリナシン類の中でもエリナシンAは、ラットの試験で脳内海馬におけるNGFを増加させたことが報告されおり(非特許文献9)、同じくラットの試験で血液脳関門を通過することが報告されている(非特許文献10)。更にはヒトでも軽度アルツハイマー型認知症患者において認知機能低下の抑制効果があることが報告されており、認知症予防や認知機能改善に有効な食品成分等として注目が高まっている(非特許文献11)。 【0005】 エリナシン類はヤマブシタケが産生する二次代謝産物であるため、通常の培養条件では殆ど産生されず、関連遺伝子は発現が抑制されている。二次代謝産物は生育そのものには必要とされない代謝産物であり、例えば抗生物質やカビ毒等が含まれる。これまでに放線菌や麹菌等の糸状菌を用いた有用な二次代謝産物の産生について多くの検討がなされてきた。例えば放線菌では二次代謝に関わる様々の遺伝子の活性化メカニズムの解明や変異体の作製、培地の最適化による二次代謝産物の生産性向上等が行われてきた(非特許文献12~13、特許文献1)。また麹菌では遺伝子組み換えや、固体培養における培地成分の最適化や水分率の調整(特許文献2~4)、変異体の作製(特許文献5)などが検討され、二次代謝産物の産生量が向上したことが報告されている。 一方、担子菌の二次代謝産物については、毒キノコの毒成分の研究が主であったため、担子菌を用いた有用な二次代謝産物の生産性向上に関する検討は他の糸状菌と比較すると報告が少ないのが実情である。 【0006】 ヤマブシタケ菌糸体の液体培養によるエリナシンAの産生について、これまで一般的な合成培地に用いられる成分やミネラル源の添加により生産性の向上が検討されてきたが(非特許文献14、非特許文献15)、例えば微量金属塩類は高価であり、工業スケールにおいて培地成分として使用することはコストの面で課題があるといえる。一方、一般的に担子菌の子実体を培養する際には小麦ふすまや米糠といった食品副産物の固形分を添加することで生育が促進されることが知られており(特許文献6、7)、また、ヤマブシタケ菌糸体培養において大豆粉を添加した培地が用いられている報告があるが(非特許文献10)、小麦ふすまや米糠をヤマブシタケ菌糸体の液体培養に用いた検討については殆ど報告されておらず、とりわけ、このような液体培地を用いた担子菌の菌糸体培養による二次代謝産物の生産性については殆ど報告されておらず、ましてや、大豆粉と特定の成分とを併用することによってエリナシンAの産生量が特異的に高まることは全く報告されていない。 【先行技術文献】 【特許文献】 【0007】 特表昭59-501772号公報 特開2019-71834号公報 特開2000-106834号公報 特開2000-106835号公報 特許第5283363号公報 特開昭53-027547号公報 特開昭63-297289号公報 【0008】 令和5年版高齢社会白書,内閣府 日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学二宮教授) Mufson, E. J., Ma S. Y., Cochran E. J., Bennett, D. A., Beckett, L. A., Jaffar, S., Saragovi, H. U., Kordower, J. H. 2000. Loss of nucleus basalis neurons containing trkA immunoreactivity in individuals with mild cognitive impairment and early Alzheimer's disease, J. Comp. Neurol. Nov 6; 427(1): 19-30. 古川昭栄, 河岸洋和. 神経成長因子(NGF)の生理学的意義とその合成促進物質. 化学と生物. 1991, 29, 10, p. 640-646. Kawagishi,H .,Shimada,A .,Shirai,R .,Okamoto,K., Ojima,F.,Sakamoto,H .,Ishiguro,Y. and Furukawa,S. 1994. Erinacines A,B and C,strong stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis, from the mycelia of Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett. 35: 1569-1572. Kawagishi,H.,Shimada,A.,Hosokawa,S.,Mori,H.,Sakamoto,H .,Ishiguro,Y.,Sakemi,S.,Bordner,J.,Kojima,N. and Furukawa,S. 1996. Erinacines E,F,and G,stimulators of nerve growth factor (NGF)-synthesis,from the mycelia of Hericium erinaceum. Tetrahedron Lett. 37: 7399-7402. Kawagishi,H .,Simada,A .,Shizuki,K.,Mori,H .,Okamoto,K.,Sakamoto,H. and Furukawa,S. 1996. 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Erinacine A biosynthesis in submerged cultivation of Hericium erinaceum: Quantification and improved cultivation. Eng. Life Sci. 10(5): 446-457. 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0009】 本発明は、前記事情に鑑みてなされたものであり、ヤマブシタケ菌糸体の液体培養に用いる培地組成の最適化を図ることによって、エリナシンAの産生量を増加させることを課題とする。 【課題を解決するための手段】 【0010】 本発明者等は、かかる事情に鑑み鋭意研究を重ねた結果、ヤマブシタケ菌糸体の液体培養に用いる培地組成において、大豆粉と共に、穀物外皮粉砕物、酒粕及びビール粕からなる群より選択される少なくとも1種を併用することによって、エリナシンAの産生量が高まることを見出した。 (【0011】以降は省略されています) この特許をJ-PlatPat(特許庁公式サイト)で参照する